Anti-virus agent:宿主因子標的型抗ウイルス薬


研究の概要

 2012年から開設しているこのホームページの「抗ウイルス薬」の研究の説明文は次のような書き出しでした。

  • 抗ウイルス薬」と聞くと、非常におどろおどろしい感じがしますね。ウイルス感性症は違う世界の病気のように思うかもしれませんが、身近な風邪の多くがウイルスの感染によって引き起こされています。それ以外にも報道等で多くのウイルス感染症の名前を聞いていると思います。例えば、インフルエンザ・MARS(マーズ)・SARS(サーズ)・ジカ熱・エボラ出血熱・ウイルス性肝炎・HIVなど、人類は多種多様なウイルス感染症と戦っています。家畜についてもウイルス感染症は深刻な問題です。鳥インフルエンザ・豚流行性下痢・口蹄疫などの家畜のウイルス感染症も毎年多大な経済的損失を引き起こしています。

 2019年の冬前まで「抗ウイルス薬」といっても身近に感じることは少なかったと思います。しかし、2019年に中国武漢から広がった COVID-19(新型コロナウイルス感染症)により抗ウイルス薬の重要性が広く認知されたのではないでしょうか。2021年秋現在、日本本では COVID-19 のために開発された抗ウイルス薬は承認されていません。緊急避難的な特例措置により、レムデシビル(エボラ出血熱のために開発された抗ウイルス薬)とアビガン(インフルエンザのために開発された抗ウイルス薬)が承認されているに過ぎません。今後の研究開発による抗ウイルス薬の充実が期待されています。他のウイルス感染症に目を向けてみると、インフルエンザ・肝炎・HIV・ヘルペス等に対しする抗ウイルス薬は充実していますが、風邪をはじめとした他のウイルス感染症に対する抗ウイルス薬はほとんどありません。

 これらの抗ウイルス薬を分類すると、原因ウイルスを直接標的とする『ウイルス因子標的型抗ウイルス薬』とウイルスが増殖する際に必要とする宿主であるヒト細胞内でのプロセスを標的とする『宿主因子標的型抗ウイルス薬』に分類できます。両抗ウイルス薬にはそれぞれメリット・デメリットが存在しますが、未知のウイルスや薬剤耐性ウイルスに対して効果的である『宿主因子標的型抗ウイルス薬』を研究対象として選択しました。

 現在本研究では、宿主細胞内でウイルスの細胞への感染・増殖システムに必須な『糖鎖をターゲット』とした『宿主因子標的型抗ウイルス薬』の開発を目指しています。COVID-19 の原因ウイルスである SARS-Cov2 をはじめ、多くのウイルスが糖鎖に覆われています。このような糖鎖を標的として、糖鎖の生合成を阻害すると、1)ウイルスタンパク質のフォールディング(折りたたみ)不全、2)ウイルスタンパク質の積極的分解、3)出芽ウイルスの感染力の大幅な低下、が起こり抗ウイルス活性を発現します。そのような阻害剤を数多く開発し、将来的に出現するであろう未知ウイルスに対して備えの一つとなればと思っています。


ウイルス因子標的型抗ウイルス薬と宿主因子標的型抗ウイルス薬

ウイルス因子標的抗ウイルス薬: ウイルスの因子を直接標的とする抗ウイルス薬

  • 核酸合成阻害剤(DNA・RNA・逆転写)、プロテアーゼ阻害剤、非構造タンパク質阻害剤等がある。
  • メリット:ウイルスを標的とするため副作用が少ないと考えられる。現在上市されている抗ウイルス薬のほとんどがウイルス因子標的型抗ウイルス薬であり、豊富な研究の蓄積がある。
  • デメリット:ウイルスを標的とするので未知ウイルス感染症に対して、感染流行前に開発することは困難。ウイルスの遺伝子変異により、早々に薬剤耐性を獲得されてしまう可能性が高い。インフルエンザ薬に対する耐性ウイルスが出現は著名である。

 

宿主因子標的抗ウイルス薬: 宿主であるヒト細胞の因子を標的とする抗ウイルス薬

  • ウイルス結合阻害剤、ウイルス侵入阻害剤、ウイルス複製阻害剤、ウイルス再構成・出芽阻害剤(糖鎖修飾阻害剤はここに含まれ、本研究はここに分類される)
  • メリット:ヒト細胞内でのウイルスの増殖・出芽過程を予測することにより、ウイルス感染症が流行前に予測開発可能である。これにより、未知ウイルスに対する抗ウイルス薬の開発が可能となる。また、ヒトの因子を標的とするため(ヒトの遺伝情報はほとんど変化しないため)、薬剤耐性ウイルスが原理的に出現しにくい。
  • デメリット:現在上市されている抗ウイルス薬のほとんどがウイルス因子標的型抗ウイルス薬であり、宿主標的型抗ウイルス薬の研究の蓄積が少ない。ヒト因子を標的とするため、ウイルスとヒトの薬剤選択性の確立が難しい。

糖鎖修飾阻害によるウイルス再構成・出芽阻害剤

 COVID-19 の原因ウイルスである SARS-Cov2 をはじめ、多くのウイルスが糖鎖に覆われています。また、動物に感染するウイルスの約7割がウイルスエンベロープに糖鎖をもつことが知られています。このような糖鎖を標的とし、その生合成を阻害すると以下の作用機序により抗ウイルス活性が発現する。右図も参照下さい。

  1. ウイルスタンパク質のフォールディング(折りたたみ)不全によるウイルスタンパク質の供給不足
  2. ウイルスタンパク質の積極的分解によるウイルスタンパク質の供給不足
  3. 出芽ウイルスの感染力の大幅な低下による再感染率の低下