日本は急速な勢いで高齢化社会に移行しています。しかしながら、すべての方が健康を損なってからすぐに死を迎えているわけではありません。統計的には、平均寿命(死亡した年齢)と健康寿命(一人で日常生活ができなくなった年齢)の差が男性では約9年、女性では約12年あります。このように、一人で生活できなくなってから約10年は人の力を借りる必要があり、この期間をいかに短くするかが大きな社会的課題となっています。
人は生まれ成長し、やがて成長が止まり老いていくことになります。これを「個体老化」と呼びます。一方、様々なストレスやテロメアの短小化などにより個々の細胞が細胞分裂を停止し不可逆的な増殖停止状態になることを「細胞老化」と呼びます。日常生活で「老化」というと個体老化を意味しますが、この研究では細胞老化を対象としています。しかし、細胞老化と個体老化は無関係ではありません。細胞が老化し生物個体内に蓄積することにより、組織や臓器の機能低下・細胞間のコミュニケーション不全などが起こり、人という生物個体の老化が進行します。すなわち、細胞老化の研究は個体老化の研究に繋がると言えるのです。最近の研究では、細胞老化やそれらに関連する老化分子が慢性加齢性疾患(生活習慣病や心血管疾患など)および生物個体の老化に寄与することも多く報告され、生物個体から老化細胞を取り除くと加齢性疾患が改善する報告もなされています。
本研究では、細胞老化により過剰発現する β-ガラクトシダーゼ(SA β-Gal)を中心に研究を行っています。SA β-Galは細胞老化マーカーとして広く用いられていますが、私達はその生合成前駆体(precursor SA β-Gal; pSA β-Gal)の存在と酵素活性も細胞老化に関与していると考えています。そこで、様々なケミカルプローブ(蛍光基質や阻害剤といった生命機能を明らかにする低分子化合物のこと)を開発し研究を進めています。研究が順調に進むと、これまでになかった新規な細胞老化マーカーの発見することができ、さらに細胞老化を阻害することができれば慢性加齢性疾患の抑制が可能となると期待しています。これらの研究の成果として、新規細胞老化マーカーの販売・加齢性疾患の医薬品リード化合物の発見・老化細胞を取り除く化粧品としての展開を考えています。
「細胞老化」と「個体老化」は異なります。個体老化とは、例えば人が時を重ねて老人となっていくプロセスです。一方、細胞老化とは細胞内外からの様々なストレス(テロメアの短小化、がん遺伝子の活性化、酸化ストレス、薬剤、放射線など)より、細胞のゲノムが修復できないほどの大きなDNAダメージを負ったときに細胞が不可逆的な増殖停止状態になることです。
近年では研究が進み、細胞老化が個体老化の深い関係が明らかになりつつあります。その一例として、老化細胞の蓄積が肌の老化を加速(Link)していることなどが報告されています。
CST (Cell Signaling Technology) 社様のホームページにもよくまとまった情報が掲載されています(Link)。
細胞老化マーカーとは、老化細胞を検出するための生体分子のことです。細胞の老化にともなう生体分子の発現上昇や降下、オルガネラや細胞の形態変化などが相当します。しかしながら、老化細胞を検出することは「生細胞と死細胞」を見分けるほど簡単ではありません。なぜならば、非老化細胞も老化細胞も生細胞だからです。非老化細胞は代謝も細胞分裂も行い、老化細胞は代謝はするが細胞分裂は行いません。この違いで区別できそうですが、非老化細胞の細胞分裂休止期の細胞と老化細胞の区別しなくてはいけない問題が残っています。このようなことから「このマーカーを使えば細胞老化が判定できる」といったマーカーはありません。よって、細胞老化マーカーには細胞老化に伴う様々な変化を検出する複数の方法が報告され、多くの検出試薬が販売されています。細胞老化を検出するためには、複数のマーカーを使いことが望ましい。
CST (Cell Signaling Technology) 社様のホームページに「老化研究に必須の10のマーカー」として情報が掲載されています(Link)。